教養学党ブログ

artes liberales: 自由であるための技術

2019年面白かった本5冊+α

(この原稿は2020年1月7日に公開したものの再掲です)

あけましておめでとうございます。

脈絡も何もないですが、2019年に読んで個人的に面白かった本の上位5冊+αを紹介します。 2019年はとっくに終わったとか、新年始まってどれだけ経ったのかとか怒らないでください。 大晦日に楽器ケースの中から最大級のビッグニュースが飛び出ることもあるし、 それにほら、まだ松の内ですからね。

注意事項

・あくまで僕にとって面白かった本です。一般的なおススメとかそういうのとは違います。 ・それだけだと余りに酷いかなと思ったので「こんな人に⇒」を用意しました。

1.山口富子他『予測がつくる社会』

・こんな人に⇒不確実性を扱うことに興味のある皆様。特に科学技術政策まわり

悩みましたが、一番面白かったのはこれ。 期待社会学と言われる領域を紹介する本、とまずは紹介させてください。 論文集の形をとっており、一貫するテーマは現代社会の様々な領域に深く浸透する予測と社会のかかわりです。「科学的予測なるものの圧力が増大するなかで」帯からの引用ですが、とてもしっくり来ると思いませんか。 防災、先端バイオテクノロジー、DNA型鑑定といった個別テーマからシミュレーションとモデル化といった手法の話、そしてそもそも予測をする=語るという行為がどのように社会をつくるのかといった内容も出てきます。そしていずれの論文も質が高い。面白い。 惜しむらくは、「政策と予測」の章が今一つなことで、このテーマならEBPMとか期待形成とか技術予測による政策への影響とか、もっと面白いもの書けるでしょ!と思わなくはないです。その部分は今後の課題ということで、界隈が今後頑張ればいいのかなーとも思います。他人事ではないのですが。

2.キャス・サンスティーン『熟議が壊れるとき』

・こんな人に⇒熟議という言葉が大好きな皆様

良識ある人たちは、特に政治の領域において、話し合えば一番いい結論に到達できる、なんて考えがちではないですか。 もちろん、話し合い、討論、熟議そういったものがとても重要なのはもちろんです。ただ、場面場面に適した話し合いの手段ってそれぞれにあるんだろうなとボヤボヤ考えていた時にこの本を教えていただきました。著者のキャス・サンスティーンは憲法学者。天才ですよ、この人は。 熟議という場でどのように結論が出されるのか-この本の中では、極端な結論に至ってしまうメカニズムが示唆されているわけですが-を探る一章はもちろん素晴らしいのですが、司法が憲法判断をする領域を最小限にすべしという司法ミニマリズムの主張を踏まえて、それでも射程を広げなければ場面について論じる第二階の決定についての三章から五章の内容も(予想外に)思考に刺激を与えてくれる素晴らしいものでした。惜しむらくは自分の憲法についての勉強の浅さであり、もっと分かっていればもっと楽しめるに違いない!と歯がゆく思っております。

3.ブルーノ・ラトゥール『社会的なものを組み直す』

・こんな人に⇒理論と経験がなんかしっくりこないなと悩んでる皆様

アクター-ネットワーク理論(ANT)についての、ラトゥール自身による入門書です。入門書?入門書。 思い返せば、自分たちはなんと安易に「社会」という言葉を利用していたのでしょうか。社会問題だ、社会的責任を、社会現象となった。その社会って何を意味してるの。なんか良く分からないものをまとめて社会って言葉でごまかしていませんか。 ラトゥールが提唱しているのは、丹念に事例を見ましょう、そして記述しましょう、ということに尽きます。社会って言葉で覆い隠すのではなくね。でもこれが難しいんです。僕たちはすぐに既存の理論を援用しその枠組みに当て嵌めようとします。ひどい場合には、そもそも言いたいことが決まっていて、その言いたい構図に押し込めるために無理矢理な解釈をする場合すらあります。 "社会"は個に分解されない創発特性があるんじゃないと考えている人たち(僕もどちらかというとそっち派)にとってもこの理論はとても魅力的なんですが、 うーん、なんと言いますか、ANTとがっぷり四つに組み合ってしまったらもう色々と帰って来られないと思うんですよね。少なくとも普段の生活の方には。なので、ご利用は用量用法を守って計画的に。 折衷的な用法としては、事例に対して既存の理論を過剰に適用しないとか、メカニズムを解明してやろうと思うあまり過剰に変数を減らさない・固定化させないとか、そのあたりに落ち着くのかと思います(といいますか、僕の場合はアリさんにその辺で落ち着いてもらいました)。 正直に言えば理解が全然深くないので、もう少し深める機会が必要です。

4.米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』

・こんな人に⇒なんか以前と比べて小説が面白くない気がすると悩んでいる皆様

チェコとロシアを舞台にした小説です。分類するならミステリでしょうか。扱われる言葉がきれいで、メッセージ性も強く、読んでいると普段よりも心拍数が上がってしてしまう本でした。切実、という言葉がやはり合います。 最近なんか小説を楽しめないんです。この程度の読書量で楽しむも楽しまないもないとは思うのですが、書店で〇〇賞とか××先生絶賛とかポップのついているものを手に取っても、アラばかりが目に付いて…と思っていた時にこの本を教えてもらいました。 反語というのは意図するのと逆の言葉を敢えて使いながら、その物事を表す用語法です。酷く下手なものに対して「すばらしく上手だ」というような。 実際に生活の中で使ってみると、より実感をもってこのお話が伝えたかったことを理解できるのかな、と思います。僕が進めるのは悪いことに対して反語的に良い言葉を使うこと。逆はあまり推奨いたしません。

5.塩川徹也『パスカル考』

・こんな人に⇒特に該当なし

パスカル研究者の塩川徹也先生が2003年に書かれた本。オンデマンド版が2019に出ました。『パンセ』を「キリスト教護教論」の草稿として、パスカルとその関係者が置かれた状況(要するに弾圧されそうになっていた)を丹念に見ながら論を進めていく大変脳みそに負荷のかかる一冊。でも抜群に面白いです。 パスカルは若いころに名言を決めて社交界でもてはやされたことからも分かるとおり、観察と思考が鋭く表現が巧みです。一生に一回くらい「人間は考える葦である。」なんて言ってみたくないですか。 パンセには人生訓がたくさんありますし、自分なりの解釈が許されやすい哲学書です。親しみやすい哲学者だと思いますので、もっと多くの人に触れていただけたらなーと思っております(なので事あるごとに僕はパスカルの話題を出します)。 はじめての人は同じ塩川先生でも『パスカル「パンセ」を読む』をおすすめします。こちらの方がずっと読み物として面白いです。 『パスカル考』に影響を受けて、僕も2019年の締め(クリスマス会)に『パンセ』より"力なき正義は無力であり、正義なき力は圧制的である"の解釈を自分なりにさせていただきました。楽しかった。

番外編1.原田宗典『やや黄色い熱をおびた旅人』 2018年の一番良かった本。2019年に読んだものではないので番外編。紛争地帯を原田宗典さんが旅して書かれたエッセーなのですが、旅から刊行まで20年もかかっています。彼が体験を自分のものとして消化する上でそれだけの期間が必要だったのではないかと思います。その分、無理のない、すっと入ってくる重い文章です。みなに読んでほしい一冊。

番外編2.三宅香帆『人生を狂わす名著50』 読書案内、本を紹介する本です。現在、書店の棚には沢山の本が並び、結構な速度で入れ替わっていきます。でもですよ、本当に面白いものってそのごく一部だと思います。そんな状況下で一番求められるのは、目利きの案内人でしょう。この本の著者の読書量は尋常ではなく、伝える際の表現もとても上手で目利きとして信用できます。 本には向き不向きがありますので、パラパラっと見て、ちょっと気になった本をご覧になってはいかがでしょうか。本に関する本ということで、ちょっとメタなので番外編。

―― 脈絡がない、とは最初に申しましたが、最近本屋に並ぶ本が微妙なんだよね~と実家で言っていたところ、 そういう状況なら自分にとって面白かったものをちゃんと紹介したら価値があるんじゃないのと言われたのが一応のきっかけです。 2019年の前半はシェアハウスの新着図書紹介と今月の一冊紹介を頑張っていた(頑張ろうとしていた)のですが、夏からはやっていなかったので、それを補うのを兼ねてでもあります。

2020年の一冊目は須賀敦子ユルスナールの靴』でした。須賀さんのエッセーはしっとりとしていて、でも力があって。年始のようにどこか精神が慌ただしい時にはそんな文章がよく合うと思うのです。