教養学党ブログ

artes liberales: 自由であるための技術

座長芸ときどきカマトト

座長と議長

座長と言われる立場に立ったことがあるだろうか。 何人かのメンバーが集まって何かしらの意見を出すときに、そのとりまとめと調整をする立場のことを座長と言う。

政府の〇〇有識者会議などでも座長という言葉が使われる。

議長と比較をしてその役割を見てみよう。 議事進行を第一の役割とする「議長」とは、主に自分の意見をどの程度述べるかという点で大きく異なるというのが個人的な見解だ。議長の立場であれば自分の意見を述べることは許されない。意見のある人間を指名し、発言をさせ、不適切な場合があれば適切な説明を求める、くらいである。

とはいえ、「議長」が能力を発揮する方法はちゃんとあるので、それは別の機会に譲ることにする(筆者はそれなりに「議長」経験も豊富な人間である)。

座長芸

座長に目を転じると、その人自身何かしらの役割-例えば何かしらの職能や専門的な知識の提供-を期待されて会議体のメンバーになっているのだから、自発的な意見を発しないということはほとんどない(逆に言うと、そこで議長の役割に徹してしまうと、本来そこで代表するはずであった立場や専門性が結論に反映されないこととなり、望ましくない。)。

自分の意見を出しつつ、他の人の意見も出させ、全体として納得のいく着地点に持っていく、これが座長の仕事だろう。この仕事を遂行する能力をもって「座長芸」と読んでいる。僕が、勝手に。

意見をまとめる

意見をまとめる際にはいくつかのパターンがある。簡略化して5人が話し合って、事象Aに対する評価を1~5の5段階で結論づける場合を想定してみよう。事前に事象Aをどの段階と評価するか各参加者が宣言しているものとする。

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全会一致
一番簡単な場合から見てみよう。全会一致である。 この場合はそのまま評価は3であると結論づけて良いだろう。

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少し割れた場合
少し割れた場合である。これも難しくない。おそらく3~4のどこかに実際の評価があり、4寄りだろうから、全体としても4と結論を出そう。もし選択できるなら3.5にしよう、と結論を出せる。あまり異論はないだろう。

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外れ値が出るパターン
難しいかつ、座長の腕の見せ所となるのはこういう局面だろう。 この場合1点を付けた1人だけ他の人と大きく違う評価をしているので、その背景を探る必要がある。

  1. 事象Aを誤って理解している
  2. 専門的な知識によってその評価をしている
  3. 異なる観点に立っている

などの背景が想定できるが、いずれにせよ、その判断をするに至った背景を1点を付けた人に言明してもらう必要がある。

カマトトの出番

ようやくカマトトの出番である。カマトトとは知っているのに知らないふりをすることを言う。

1.事象Aを誤って理解している パターンなどが分かりやすいが、正面切って理解の不足を指摘したりすると軋轢を生む。したがって、事象Aを一番深く理解してもらっている人に説明を求めることになる。余談だが、こういう時に誰に発話を求めるのかを正しく決められるように"who knows what"をちゃんと覚えておくことがとても重要である。

さて、説明を求める際に「これについて説明をしてください」と言うよりも「この点が良く分からなかったので、追加で説明をお願いできますか?」と誰かが発言をした方が良いだろう。立派なカマトトである。一番の適役が座長である。

発話の主導権を相手に渡すよりも論点を絞れる上に、1点の評価を理解の不足や誤りによって付けた人に知識の不足や誤解という点でプライドを傷つける可能性を下げられるからである。

2.異なる観点に立っている場合であれば、論点を明示することだろう。「今回は〇〇の観点からこの点について議論したいのですが異論はありませんか?」のような座長の発話だ。多くの場合、会議の参加者は自分の思考の経路依存性に自覚的ではない。そこを自覚してもらうことで議論の共通の土台に立てる。

もし1点の評価をした人が重要な観点から言っているのであれば、ここで発話がある場合が多い。発話のハードルが高い人であればここで水を向けてもいいだろう。

3.が一番難しい。場合によっては少数意見であるこちらを全体の結論として採用することがありうるからだ。 少数意見を採用する場合には、他の参加者に納得してもらう必要がある。意見を詳述してもらう必要があるので、1点の評価をした人とその人の専門性などの背景が一致しそうな場合には意見を求めることになるだろう。ここでもカマトト戦術が有効である場合は多い。

まとめ

  • 自分の意見を述べつつ全体として結論を出すのが座長。
  • 参加者それぞれの背景は把握しておくことで円滑に話を回せる。
  • カマトトによって意見や知識を引き出すと合意形成の上で役に立つことが多い。
  • 角が立たず、合意に向けてカマトトをしやすいのが座長である。

以上のことから、知識の分布がわかっている教養学徒は座長に向くと思うんですよね。

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